期待を一身に集めてデビューした逸材は、プロの洗礼を浴び続けた。A級でも勝てない。しかし苦しい練習は嘘をつかなかった。S級に上がってからは水を得た魚のように切れのある走りを獲得した。もどかしい日々に決別を告げたのは昨年のヤンググランプリ。“同期の桜”と見事な連係を決めて自他共に認めるトップクラスの選手に進化を遂げた。東王座、熊本記念とグレードレースを次々に制覇。レースへの自信は深まり、「力は一緒。展開さえ向けば(G1も)獲れる」
と確信を得ていた。 決して順調ではなかったこの宮杯。青龍賞では勝負どころで内に差し、マザーレークカップでは前をかばうあまりに勝利を逃した。だが積極的に仕掛けた準決勝が流れを変えた。「慎太郎先輩とワンツーを決めたい」と無欲の先行勝負を仕掛けた決勝戦。井上昌己が三番手で粘り、全てが山崎のペースで進み、ゴール前は理想通りのマッチレースとなった。一度は交わされた。だが渾身の力で投げたハンドルがタイヤ差の勝利を呼び込んだ。 「正直言って不思議な感じですね。タイトルを獲ったという実感もあまりないし。レース前に慎太郎さんが“お前は強いんだから、自分が勝てるレースをしろ”と言ってくれたんです。その気持ちが嬉しかったし、一気に緊張がなくなった。前を取って引いてカマシが最初の作戦だったけど、井上さんに取られてしまったので、すぐに気持ちを切り替えて、自分のタイミングで踏もうと腹を決めました。ゴール前は無我夢中だったし、交わされたと思いました。先輩を称えるつもりで肩を叩いたんですが、慎太郎さんもその気になってヘルメット投げちゃいましたね。悪いことをしました(笑)」 東王座の優勝インタビューで「次はG1が目標」と宣言したが、初めて乗った決勝戦でいきなり目標を達成してしまった。次に山崎のモチベーションとなるのは何か?
「思ったよりも早く獲れちゃったんですけど、ずっと地元(全日本選抜・いわき平)に向けてという気持ちでやってきたので、これからも頑張るだけですよ。勝負するからにはそれなりの練習をしなくてはいけないので、ファンの方には迷惑をかけてしまうこともあるかもしれませんが、とにかく全力投球していきます」
佐藤慎太郎は、敢闘門で出迎えた仲間に「2着だよ」と告げられてしばし呆然。次の瞬間に「もったいねー!」と絶叫した。弟弟子の勝利と自らが逃したタイトル。心中は複雑極まる。
「もったいない、ですよね。真後ろに兵藤が入ったのは分かったので、早めに踏んだら中を割られると思い、ワンテンポ待ってから交わしに行ったのが敗因ですね。獲ったと思ったんだけどなあ。まあ、山崎が勝ってくれたのは素直に嬉しいし、彼も獲るべき選手だと思う。これからは彼を中心に回って行ってくれればいいですね。もちろん、これからはもっと兄弟子のために行ってくれるでしょうし(笑)」
表彰台に上った兵藤一也はやられたという表情でレースを振り返る。
「井上が粘った時点で追い上げようと踏んだんですが、最初はもちろん番手に行くつもりでした。最後は慎太郎さんが交わしに行くところを、思い切り割ってやろうと思ったんですが、待たれちゃいましたね」
二次予選で神山雄一郎を競り飛ばした井上昌己。この決勝戦でも狙ったのはイン粘りだった。 「前を取って粘るのは作戦でした。ガッツリ勝負するつもりでしたよ。3番手で勝負と決めていました。作戦は間違ってなかったと思うんですが、遅れちゃいましたね」
井上に託した山口富生は、「井上君に任せた結果だから仕方がない。本当はもつれたところを一気に行きたかったんですけどね。昨日引退した内林さんにはお世話になっていたので、その分も頑張りたかった。でも脚を余らせて終わってしまった…」。
狙われた岡部芳幸はさすがに言葉少ない。「割り込まれたのは僕の力不足。他に言うことはありません」。
最後まで切り替えなかった前年覇者の村本大輔。その意図は「誰かしら岡部さんの位置を狙ってくるんじゃないかと思っていた。昨日までのレースを見て、たとえ離れても岡部さんはシビアに勝負していくと思ったので、気持ちは4番手ではなく“番手”でした。最後まで岡部さんに賭けましたが…」
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